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武力闘争をした結果の平和はあり得ない?

「武力闘争をした結果の平和はあり得ない」と、云う人がいるらしい。

いま、もめにもめているイラク問題を話題にしての事だが、
内乱状態の国を鎮めること自体、その手法は武力闘争。
政変すべくクーデターが起こる処も有れば、
「一揆」なる武力闘争も、我ら日本にも有ったこと。

話し合いだけでは、全てが収まらない。
話が付かないから、強引なまでも、
強硬手段としての武力闘争となるワケで、
その結果として決着が付けば、何れかの主流が政権を握り、
其れまでの主義・主張を実行に移すべく、改革が行われ、
時の流れと共に、その場所には静かな一時が訪れると言うもの。

いつまでも、喧々囂々と戦・仲割れを繰り返している地域も有るが、
其処は、どうにもこうにも、勝負が付かないところ。
この、勝負が付く、決着するってこと自体、
それ以降の、政権としての「力」を示す、バロメーターでは無かろうか?

継続が「力」なら、平和を得るのも又、「力」ではないだろうか?

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